みだりな逢瀬-お仕事の刹那-
「泣くくらいなら、何で逃げる?」
「もう、……無理なんです」
「何が?」
低い声色で問われ、私の頬を伝う涙を追うように撫でる指先。優しい手つきだと気づかないでいたのなら、乱暴に振り払えるのに。
愛してしまった今はもう、欲して止まない感情を制すので精一杯だ。
やっぱり社長の前に現れるべきではなかった。何故、そんな当たり前のことも分からなかったのだろうか……。
「里村さんのとこに行くつもり?」
「違います。……勝って決別しましたから」
「アッチのあかねが朱祢のUSBを盗んでたけどね。誰かさんが呑気に里村さんとデートしてる時に」
「ですが、社長が阻止なさったではありませんか。私のPCアクセス権を奪ってまで」
「田中が絡むと大事になるだろ?一大プロジェクトに水を差すような話は御免だ」
「ええ、女を手中に転がすのも訳ナイ貴方には容易いことでしょうね」
フフッと口角を上げて笑い、したり顔で憎らしいほど美麗な顔を見つめる。
そうでなければこの男と立ち向かえない。