みだりな逢瀬-お仕事の刹那-
「ドコ行くつもり?」
「黙秘権を行使いたします。――互いの未来のために」
大きな手に触れて頬から外し、改めて薄墨色の瞳を真っ直ぐ見つめて訴えかける。
大好きな透子ちゃんが去ってから、それぞれに私たちは時を経て成長し、失敗からもたくさん学んできた。
「私にこれ以上の秘密はありません。ただ、取り繕ってきた仮面を剥がす必要もありません。それは貴方も同じでしょう?」
ひとりの力は非力であっても、心に悔恨を残すことは簡単に出来る。それをよく知っているから、私は相手を傷つけるための嘘を吐かない。
「駄々を捏ねるんじゃない。頼むから、傍にいて欲しい」
彼もまた然り。安っぽい嘘に騙されるほどもう若くないし、数年の年月の間に様々な経験と知恵を授かっているだろう。
どんなに欲しくて仕方なくても、それが手に入りそうであっても、堪えなければいけないものがある。
「最後くらい、笑顔でさよならしましょう」
そう言って穏やかに笑い掛けて告げたのは、最初で最後の私なりの告白だった。