みだりな逢瀬-お仕事の刹那-


「まだ忘れてないの?」

かけられた言葉に情けなくも動揺した私は、ビクリと肩が跳ねてしまう。


「……ボス、これで失礼いたします」

しかし質問には答えることなく、ピカピカに磨かれた乳白色の大理石の床をヒール音を鳴らしてドアへ向かう。


今度はきちんと一礼して続き扉を閉めると、そのドアに背を預けて宙を見上げた。


――まだ1年しか経ってない、そのことに気づかされてしまった。



「またフッたの?」

呑気な声を掛けられ、ムッとしながら手前のデスクへ視線を戻す。


「真緒(マオ)、……レイフに喋ったでしょ?」

「レイフは従兄弟だもん。ほんの少し協力したのよ」

悪びれた様子もなく言う彼女は、社長の第一秘書を務める友人の真央だ。


私より3歳上で日米ハーフの真央は、ツヤツヤな黒髪とレイフと同じ色をしたグリーンの瞳が美しい女性である。


さっきのレイフは今の私のボス。そして会った時から積極的なアプローチを掛けられていた。



「まだ忘れてないんだね」

「……忘れられる人じゃないから」

真緒の複雑そうな表情を見ると、どうやら上手く笑えなかったらしい。


「コーヒー淹れてくる」と微笑み直し、その足で給湯室へと足早に向かった。


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