みだりな逢瀬-お仕事の刹那-
この男に2物も与えた神に嘆きたいが、ここを早く退散したい。でもその前に、と彼の目の前まで歩み寄る。
「どこにございますか?」
「何が?」
経済新聞から“敢えて”目を離さないために苛立ったが平常心。無表情でそれをやり過ごすと。
「私のメガネです」
通勤バッグはベッドサイドに置いてあった。それなのに、私がいま最も必要とするアイテムは行方不明。
すると紙の擦れる音を立て、新聞紙を折り畳んだ。…彼の性格上、記事に夢中だったら反応しないクセに。
「要らないでしょ?――偽物メガネは」
「ま、さか…、」
嘘っぱちの笑顔と対峙すると、返って来た言葉にタラリと嫌な汗が背中を伝った。
「いや、俺が持ってるけど」
「なな、返して下さい…!」
捨てられてしまった――と、顔面蒼白になりかけの刹那。スラックスのポケットからそれを出した男に目を丸くする。
「ずっと朱祢には似合ってないと思っててさ。
どうしてこんな伊達メガネ使って、」
「ッ、か、えして。…止めて!」
我を忘れて上げた声は殊のほかスイート室内で大きく響いたが、今さら取り繕う気もない。
テンプル部分を支軸に、くるくると回して大事な物をぞんざいに扱う様は我慢ならなかったから。