みだりな逢瀬-お仕事の刹那-
ただし、シワとよれのあるスーツ姿ですっぴんの私。瞬時に、ホテルのタクシー乗り場へ向かったのは言うまでもない。
――情事に耽ってたと分かる残念な格好で、さすがに朝の電車に乗れないわ。
時刻は既に午前10時30分を過ぎている。今日は平日――つまり遅刻決定。
バッグから社用携帯を取り出した私は、発信ボタンを押して電話をかけた。
「…間宮です。連絡が遅くなり大変申し訳ありませんが…、」
朝日の眩しい都内を走行する車内で、体調不良と秘書課へ連絡を入れて簡単にズル休み決定。
こういう時、マジメぶっているのも役に立つ。ありがたく有休消化デーにさせて頂いた。
誓って社長に会いたくないからじゃない。そんなことで、へこたれる性質じゃない。
むしろ他人のフリ、いや空気になれば良いだけ。本性は会社で見せないのが信条だもの…。
車は30分ほど走ると、見慣れた風景にさしかかる。停車したタクシーの会計を済ませて車外へ出た。
都心の超高級ホテルからアパートまでのタクシー代は、ひとり暮らしにはとんだ出費。
ちなみに私が住んでいるのは、オフィスまで電車通勤で20分ほどの距離にある12階建てのマンションだ。
大学は横浜だったため、就職が決まってから引っ越したここは利便性も頗る良い。
玄関のオートロックを解除して、エレベーターに乗り込むと9階のボタンを押した。