みだりな逢瀬-お仕事の刹那-
逢瀬、伏せる。
少しだけ早く起きた翌日の天気は、残念なことに陽の光を隠す曇り模様だった。
メイクとヘアをいつものように済ませると、昨日デパ地下でゲットしていたパンとコーヒーで簡単な朝食を取る。
父から経済新聞を読むように躾けられているため、今日もコーヒーを飲みながらザッと記事に目を通した。
電子媒体が当たり前の昨今だけれど。やっぱり紙媒体に触れるのは、読んだという充実感を味わえて好きだ。
そうして朝食を終えると食器をシンクへ置き、いよいよ準備に取りかかった。
ストライプの入ったグレーのスーツに着替えて、サンローランのルージュを唇に塗る。
これは上品なツヤ感と綺麗な発色がお気に入り。顔色もアップしてくれる大事なツールだ。
そして膝裏と胸元に、大好きなエスティの練り香水をつけた。ほのかに香りを主張しつつ、自分のテンションを高めていく。
ラストに最も大事なメガネをかければ、“会社で当たり前の私”があっさり完成した。
忘れ物はないか最終チェックし、通勤バッグを提げて黒のパンプスに足を通す。
部屋のドアを出て施錠した瞬間。ヒール音を立てて歩き出した顔つきは、自然に変わっていくから不思議なもの。
ぎゅうぎゅうの満員電車に揺られながら、最寄り駅に到着するとそびえ立つビル群に脇目も振らず歩いて行く。
「間宮!」
すると背後から呼ばれて振り返る。その先で同期の今井(イマイ)くんの姿を捉えて立ち止まった。
「おはよう」
「はよ」と短く言って、すぐ隣に並んだ彼と歩き始める。今日もお洒落なメガネをかけた彼は無表情だ。