みだりな逢瀬-お仕事の刹那-
朝からいったい誰だ?と、私用スマホを取り出す。その画面が知らせていたのは新着メール1件。
画面をタッチした瞬間、すぐに後悔した。見なければ良かった、と思うのは前日に肌を重ねた相手ゆえ。
『メガネのスペアがあったとは残念』
「……、」
あの男の声まで届いたかのようなメール内容に、清々しい朝の気分は一転して苛立たしいものになった。
出社時のどこで見られたのかは知らないが。iPhoneでこれを入力しながら、鼻で笑ったに違いない。
それを想像すればまた苛つき、社内では珍しくチッと盛大な舌打ちをしてしまった。
更衣室にひとりきりだったことに感謝――今は地味に仕事を淡々とこなす、秘書の間宮なのだから。
私用のスマホはもう電源OFFにする。そしてロッカー内のミラーで顔をチェックすると、その扉の鍵をかけた。
その部屋のドアを閉めると秘書課まで急ぎ足に向かう。動揺に駆られるだけ、今後もバカをみるわ…。
「おはようございます。昨日はすみませんでした」
秘書課へ到着すると、昨日の謝罪もこめた挨拶をして歩いて行く。通りがかりに、「おはよう」と声がちらほら返ってきた。
そんな声を受けながら私が目指した先は、秘書課の中で最も奥にあるデスクだ。
「田中チーフ。昨日はお休みを頂いてすみませんでした」
その席で無表情でPCと向き合う人物の正面に立つと、小さな声でお詫びを手短に伝えた。