みだりな逢瀬-お仕事の刹那-
ちなみに田中チーフとは社長の第1秘書を務める、社内でもやり手と評判の29歳の上司だ。
ツヤ光りしているほどの黒髪が印象的な髪は、いつも寸分の隙もないオールバック。さらに褐色肌に筋肉質の身体つきも男らしさ漂う。
社長の秘書を担当する私にとって、いわば先輩にあたる。その彼の視線がこちらへ向いたのは、ほんの僅かのことだ。
「ああ」と、無駄をどこまでも削ぎ落とした返事をする彼。すぐに視線はPCへ戻って、その表情は崩れることない。
バレているのか、興味がないのか。もちろん後者だと思うけど、事務的に接する態度は、やっぱりホッとするものだ。
言葉なく一礼をし、静かに彼の元を去るのは常。席に戻った私は、昨日の分から片づけるため密かに気合を入れた…。
この部署特有の華やかな女性と有能そうな固い男性方に溶け込むには、いかに地味に淡々と仕事をこなすかに限る。
1日目は溜まっていた仕事をマイデスクで消化し、通常業務に終始できたとあって、穏やかに時間が経過してくれた。
ズル休み後――2日目の今日さえ乗り切れば、ひとまず嬉しい休日が待っている。
その前には今井くんと飲みに行くから、そこでストレスフルも解き放たれるはず…。
「昨日はメール無視?」
「…、」
今日も避けたい、と書類作成をする最中。田中チーフの無慈悲な指示が、この状況を生んで下さった。