みだりな逢瀬-お仕事の刹那-
ちなみに私にとっては、身体に残る痕が早く消えてと願っての3日目だ。
メガネのレンズを一枚隔てるだけで、こんなにも社長に強く出られるのだから、私には絶対に欠かせないツールとよく分かる。
先日の買い物は、決して高いものではない。――でも、唯一無二の品物は、是が非でも取り返してやる。
怨念を込めて社長を捉えていると、くつくつ笑って先に視線を逸らしたのは彼だった。
「真面目だなぁ」と軽口を叩きながら、カルティエのボールペンを手にすると、デスク上の書面に筆跡を残していく。
この場面だけを切り取るのならば、一般的にデキる男の出で立ちだと認めよう。
だが、しかし。新たな苛立ちが募る私としては、彼という存在を忌々しい人物に変換したいのが本音だ。
カサカサ、と紙の擦れる音が響く静寂の中で、正面からその動向を淡々と見守る私。
これこそ秘書のあるべき姿――これで良い。そもそも何かを求めるべき対象じゃない…。
平常心を頼りにして任務を遂行完了後は、悪の巣窟もとい社長室をダッシュで退出する。
社長室のドアを閉めて2人きりの空間から解き放たれると、殊のほか足取り軽くなっていることに安堵した。
到着したエレベーターにひとりで乗り込み、書類を携えながら目を瞑る。ただ1階下はあっという間で、到着音とともにすぐに目を開く。
これからも大丈夫――たとえ身体を差し出したとしても、心は囚われないから…。