みだりな逢瀬-お仕事の刹那-


重厚なドアから始まり、落ち着いたキャメル色のレザー・シートにしても座り心地は最高。

また車とは思えないほど走行中も驚くほど静かで、まさに“乗せる人を守るための車”なのだと感心したいのに、だ。


すべては男らしいのにどこか甘い、巷ではあまりお目にかかれないイイ香りを放つオトコが感動を悉(ことごと)く打ち消してゆく。


そのため社内の女子ほぼ全員が願うデキるこの男の隣席も、私にとっては早く取引先へ到着しないかと苛立つ空間にさせていた。



「スペイン語も得意と聞いてるけど?」


「…得意ではございませんが、人並みには」


「謙遜するなぁ」


「謙遜するような身分ではございませんが、」

クツクツと笑って膝を組み替えた社長に対し、“話しかけるな”オーラを発していたものの。果たして通じなかったのか、はたまた効き目がなかったのか。


気に入らなければ即、人事部へ通告してくれれば良いのに。この態度が災いしているのではないか、と最近そんな気がしてならない…。



外国語学部の大学を卒業後、Chain社へ入社――海外事業促進部を熱望していたものの。
いま籍を置いているのは、最も縁遠いと思っていた総務部付の秘書課――


基本的に必要以上の愛想もなければ、随分と人見知りだってする話し下手だ。

そのせいで話さなければ、ノン・フレーム・タイプのメガネのせいも相俟って、周囲には“無愛想なインテリ女”とイメージ付けられることもしばしば。



「そのメガネ――ベッドで外すとエロいな」

「本題に入りますが。今回CK社について、お伝えしたい事がございます」


そうして時は流れ…、このヘンタイ男もとい、若き精鋭と持て囃されるPresidentの発言にも平常心でかわすことを何時しか身につけ、早2年目を過ぎているとは恐ろしい。


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