みだりな逢瀬-お仕事の刹那-
朝のとおりに会社では鉄仮面のごとく、絶対零度の顔しか窺えない彼。
だけどここではイヌ顔で微笑みかけてくるから、ふと可愛く映ってしまう。
「――ううん、楓くんは15分待ってたよ?」
そう言って話に割り込んで来たのは、おしぼりとお冷やを載せたトレーを持って立つ店員さんだ。
「…はるぅ、また計ってたの?」
「ふふっ、“あかねん”は待たせる主義だもんね」
テーブル上へそれらを置いている彼女もとい、結崎 晴(ゆいざきはる)は私の中学時代からの友人。
小柄でサラサラのボブヘアが可愛らしく、その外見を裏切らない温厚な性格をしている。…私とはすべてが正反対な子だ。
そしてここは彼女のお父さんのお店で、晴はこのお店を継ぐべく日々仕事に励んでいる。
「はいはい、どうせ私は女子力ないもん」
ちなみに口を尖らせた私を、“あかねん”と呼ぶのは彼女オンリーだ。
むしろ本性を知っていて、ラブリーすぎるあだ名をつける者はいなかった。
「それは言える。朱祢と女子力は無縁」
「楓はうるさいの」
晴から視線を移して、淡々と言った正面の彼――楓をジッと睨みつけた。
お洒落メガネの奥の眼差しは、週末でも疲れ知らずに澄んだ色をしている。