みだりな逢瀬-お仕事の刹那-


そこでサッと身を窓側へ引けば、今度は鼻で笑った性悪オトコに目を向ける。


いつもより軽薄な薄墨色の瞳は、こちらの動揺を楽しんでいた。私は思わずレンズ越しに、その眼差しを牽制するように睨んだ。


「間宮さん、期待してるよ」

そんな態度に一切構うことなく、あっさり嘘っぱちの笑みで言葉を締められた。


――社長の放つフレーズが意味するのは、ビジネスを終えたフリータイムのこと。


悠々と足を組み替えた彼の視線は、再びiPadへ向いてしまう。私はすべてに返事も出来ず、ただ向き直るという屈辱感で一杯だった……。



無言の車内から脱出することが出来たのは、それから暫くしてのこと。私は意識が隣へ飛ばないよう、資料をパラパラと捲って気を紛らわせていた。


ちなみにようやく到着した先は、今回の案件に関わる静岡市内の高級ホテルだ。


降り立った瞬間から空気が綺麗に感じるのは、車内の重苦しさから解放されたせいだろう。


また新幹線駅のそばという立地から、やっぱり新幹線が良かった、と思う私は往生際が悪い。


洗練された社長の出で立ちに、チラチラと目を向けるホテルの女性従業員に嘆息する。……皆さん、騙されないで下さい。


総支配人から恭しい案内を受けて、私たちはエレベーターに3人で乗り込んだ。


会話をする彼らの傍らでひとり、平常心の仮面を被った秘書の間宮の私がいた。



到着音とともにスーっと扉が開く。総支配人の話だと、その先にあるプレジデント・スイートで先方はお待ちかねだそう。


そこで総支配人の同行を、穏やかに断った社長。私は黄金色のプレートが光る、ブラウンの重厚なドアを規則正しい音でノックした。


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