みだりな逢瀬-お仕事の刹那-
それだけではなく、当社の本業たる商社としても様々な用件があってのこと。
――ここまでは私も、田中チーフに授かった資料から完璧に把握しているけど。
「らしいとは?」
「すべて綿密に計算されてのことですから」
華やかなスイートで静かに進む彼らの会話からは、真意が全く見えて来ない。
すると今度は鉄壁フェイスの崩れずにいた高階専務が、そこでフッと破顔する。
「もちろん外資の参入に牽制をかける意味合いもありましたが。
それだけではありませんよ」
「というと?」
すかさず尋ねる社長の目は、隣で嬉嬉としているに違いない。……2年も仕えていれば、声の変化ですぐに分かる。
「ええ。妻が以前、ここへ友人と訪れていましてね。
彼女は気に入っていたので、無くなるのは寂しいだろうと。
そこから本格的な調査に入ったことは、ここだけの秘密にして下さいね?」
とても心地よい声色で紡がれたのは、意外すぎる買収理由の顛末だった。
高階専務が愛妻家で子煩悩なことは有名だ。……というより、実は高階で働く友人がいる私。
さらにその友人が専務の奥様とかつての同僚で、今も変わらず仲が良いとか。……世間はすこぶる狭い。
それも併せて呆気に取られていると、チラリこちらを一瞥した高階専務と眼が合った。
最後の言葉は、紛れもなく私に向けての牽制だ。――もちろん秘書がヘマをする筈ない。
微笑でYESを返すと、ほんの微かに口元を緩ませた彼。ぬかりないその応対は、やはり貴公子の称号に相応しいと思う。