みだりな逢瀬-お仕事の刹那-
そしてその直後に失礼ながら、ワインを飲んだ瞬間に首を傾げそうだった。
前回のパーティー同席の際に感じたけど、庶民の私には高級白ワインが合わないようだ。
かつてない高級酒の味との出合いに、またもや舌が混乱を来(きた)すとは…。
いつもの芋焼酎に敵う酒はない。そうとはこの場で口が裂けても言えないけど。
マナーに気をつけつつ前菜を食していると、他の3人の優雅な所作が緊張を強いる。
「運転するとは、専務もお出かけですか?」
「ええ、夕食は家族で伊豆にあるレストランへ行く予定が。
昨日から家族と、伊豆の別宅で過ごしているんですよ。ようやく休暇が取れたので」
その中で抜かりのない社長の問いかけに、俄かに苦笑を見せて答えた専務。
高階コーポに勤めている、大学時代の友人の由梨が言っていた通りだよ。
――なんて家族愛に満ちているのですか、このクールな専務さんは。
「そうでしたか。お時間頂いてすみません」
「いえ、彼女は息子と観光中なので気になさらず。
むしろ早く帰ると、仕事しろと怒られますので助かりますから」
「私どもも助かります。ね、間宮さん?」
ここで私に話を振ってくるオトコは、やはり腹の中が真っ黒だと思われる。
「はい、素敵なご家族ですね」
とはいえ、庶民感覚を持ち合わせた奥さまの発言には笑った。すると専務がこちらを見て、小さく頷いてくれる。
――この時の私は、専務の“人となりデータ照合”にすっかり夢中だった。
それよりもっと大切なフレーズを、とうに取り損ねていたとも知らずに。