みだりな逢瀬-お仕事の刹那-
遠くに見えたのは、日本が誇る富士山の姿だ。はぁ、と感嘆の溜め息を漏らせば、隣席の社長が立ち上がった。
我に返った私もテーブルの方へと向き直り、静かに席を立つ。…遅ればせながら。
「最高のおもてなしに感謝します。専務――いえ、次期社長」
「フッ、その際はお手柔らかに」
ずっと後継者と囁かれいたとはいえ、高階コーポの社長交代が目前であることはトップ・シークレット。
さらにこの時期の代替わりは、今回のホテル事業が先方の威信に関わってくる。
――今日ここへ来てまで詰める話とは、つまりこの件がメインだったのか。
再び握手を交わす彼らに納得し、ビジネスの奥深さをまた学ばせて貰った。
「此処はもう空きですから、ご自由にどうぞ」
真っ黒な瞳でこちらを一瞥したのは、どこまでもクールな専務。…その言葉は、まったく不要ですけど。
「はい、時間まで遠慮なく使わせて頂きます」
嘘っぱちな笑みを浮かべたオトコも、私をチラリ見ないで欲しい。迷惑もいいところだと微笑を返した。
高階専務と秘書さんは、本当に帰宅の途に着いた。さらにデザートも終え、プレジデント・スイートには2人きり。
テーブルには2つのコーヒーが置かれ、芳醇な香りと湯気を立てていた。
「…社長」
「何?」と、隣の彼から薄墨色の眼差しを向けられる。
「この後のご予定は?」
「へえ――聞いてなかった?」
私の問いかけに、軽快な口振りでほくそ笑む。底意地の悪い表情に、若干イラっとした。