みだりな逢瀬-お仕事の刹那-
しかしながら、今は秘書の間宮だ。大人の対応を心がけ、無表情で口を開く。
「私は田中チーフに、出張の用件しか伺っておりません」
チーフから聞いていたのは、昼食前までの仕事内容のみ。それ以降は社長次第だ、と訳の分からない言葉で送り出されていた私。
ご機嫌を損ねないように、と気遣って。クライアントとの件が終了次第、彼に尋ねるつもりでいたのだ。
しいて言えば、このオトコが暢気にコーヒーを嗜む性質ではない。その時間があれば、すぐにiPadでも開いている。
――相手の感情は構わず、自身のメリットを何より大切にするオトコだから。
「あ、そう。じゃあ、使わせて貰う?」
「結構です。おひとりでどうぞ」
だからこそ、こんな軽口にイチイチ動揺する必要もない。
ヤリたければ自分で処理しろ――この言葉を呑む。淡々と返して顔を逸らすと、コーヒーカップを手にした。
すると、隣の社長が静かに席を立つ。…シカトしたいところだが、カチャリと音を立ててソーサーへカップを沈める。
それも私の背後に立たれるその感覚が居心地悪く、座ったままで振り向く。
「何か…っ、」
そんな私の椅子の背凭れに体重を掛け、屈んで見下ろしてくる彼に躊躇う。
そこでさらにグッと、距離を詰められる。近くで見る薄墨色の瞳は、不機嫌さが感じられてならない。
息を呑む私の顎先が捉えられ、視線を少し引き上げられる。――無言が何より辛い、と知らしめるように。
その刹那、ゆっくりと塞がれた唇。不意の熱に固くなりつつも、目を閉じてしまう。