みだりな逢瀬-お仕事の刹那-
リップノイズが広々とした室内に響くけど、私が欲した訳じゃない。……このオトコの暇潰しだ。
言い訳を携えて薄く口を開き、柔らかな感触を咥内へ受け入れたのも束の間。
その感触は、あっさりと唇から消えた。すぐに目を開けると、今にも触れそうな距離に息を呑む。
ニヒルに笑うオトコは屈みながら、その指先は私の顎先を今も捉えたまま。
ほんのり伝わる手の温度と、口腔内に残された感触に眉を潜めた私。
薄墨色の眼差しはそれを楽しむかのごとく、舌先で乾き始めた唇をぺろりとヒト舐めする。
「なっ、」
予想外の行動に目を見開けば、そこで顎から手を離して立ち上がった彼。
「やっぱり、足りなかったんだ」
「違います!」
「目は口ほどに物を言う――そうでしょ?朱祢」
シンプルな椅子に両手を掛け、嫌悪に満ちた私を窺ってくる。
無駄なフェロモンを携行して、気まぐれに行使する。……まさに女の敵の常套句に、舌打ちしてやりたい。
「――社長、この後のご予定をお知らせ頂けませんか?」
しかしながら、ここで応戦すれば彼の思うツボ。それくらい分かっている。
伊達にこの2年、怠惰に過ごしていない。目を閉じてワンオクターブ高い声を敢えて響かせた。
「夜にパーティーがあるから、キミも頼む」
「かしこまりました」
「そろそろ時間か、」
そう言って体勢を元に戻すと、ブレゲの腕時計に目を配る社長。
ブラウンの革ベルトに、キナリ色のフェイスが落ち着いたそれは、先輩秘書によるとウン百万するとか。