みだりな逢瀬-お仕事の刹那-
今この手を外したら、呆気なく手中に収められてしまうのは明白。
だから、ギリギリの距離を保つしかない。これ以上、彼に近づくことのないように。
社長にとっては軽い戯れだとしても、……それを今日の私はかわせそうにない。
「ずっと見たかった――最高だ」
「…うそ、」
「なに?」と、聞き返してくる社長。蚊の泣くような声音は、流石に拾えなかったようだ。
「――いえ、マイナス地点からゼロに到達したまでのこと。
それが叶ったのも、社長がご用意下さったお陰です」
私は事実を淡々と告げて、薄墨色の眼差しに臆することなく彼を見据えた。
「珍しいね。誉めてくれるとは」
「縁のない高級品に辟易してはおりますが」
「それはそれは」
探りを入れる瞳を牽制するように重ねた。視線を逸らせば、頭上から届く小さな笑い声。
「似合ってるよ。想像した以上にね」
バリトンの声音で紡ぐそれは、一抹の悲しさを呼んだ。しかし、笑顔を浮かべるのがマナー。
事務的に簡素なお礼を告げると、あくまで自然に彼から離れた。――これはオトナたる意地だ。
オーガンジー素材の裾が可愛いノースリーブのロングドレスは、シャンパン・ベージュの色が肌を引き立てる。
太股あたりから入ったスリットは足を綺麗に見せ、ブランド靴も細やかなビジューが華やかだ。
まさに華やかさとセクシー感が融合した、上質かつ上品な仕立物である。