みだりな逢瀬-お仕事の刹那-


クールな洋服を好む私に縁もなければ、自分ではまず選ばないデザインである。


何より、鏡に映る自分を見た瞬間――悪寒が走ったのと同時に、……怖くなった。


確かに彼の言葉通りサイズはピッタリでも所詮、着せかえ人形に過ぎないから。


社長がこの姿を見たかったのは、私じゃない。……会話の節々に如実に表れていたように。


あの時――“化け猫”と、鏡に映る自分の姿を愚弄して良かったと改めて思う。


もし社長が近くに居たと知っていながら、かの名を口に出せる?……無理だ。


自分の何かを変えるドレスに、社長からのお褒めの言葉。そのどれもが気分を下降させていく。


最初から分かっていて了承したクセに、と彼の傍らでひっそり自嘲していた……。


 * * *


その後、支配人から恭しく見送られてホテルを後にする。私たちを乗せた車は、静岡市の中心部を抜けて別荘地へ向かっていた。


既に日も暮れている現在。車窓から臨む街並みは、不思議とあたたかく映る。


「なに、珍しく緊張してるの?」

「していません」

「その割には、顔が笑ってないよ?」

「私は笑顔の安売りをしませんので」


――嘘っぱちな笑顔の叩き売りが得意な”誰かさん”と違って。と、言いたいけど。


「合理主義って言って欲しいけど」

「恐れ入りますが、それこそ打算的ではないかと存じます」

「そう?朱祢には負けるよ」

隣席で軽口を叩きつつ、iPadを操作する社長。その器用さに溜め息を堪えるのも大変だ。


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