みだりな逢瀬-お仕事の刹那-
暫くすると、運転士さんの一声でベンツは静かに停車した。
真正面に悠然と構える、ホワイト基調の一軒の大きな邸宅に息を呑んだ。
何軒か連立するこの界隈でも、此処だけ近隣と随分と離れていた。それはこの家が、山裾の辺鄙(へんぴ)な地に位置するからではない。
もの寂しいなと思い始めた頃から、この屋敷の敷地内に既に侵入しているためだと社長に教わった。
驚きのあまり目が点になったものの、絶叫だけはどうにか留められた私。
ようやく到着した大邸宅は、もはや日本に建つノイシュヴァンシュタイン城といっても過言ではない。
――夢の国で何度も見た城より、ここの方が間違いなく豪奢だよ。
その白亜の城の四方は鉄柵で厳重に囲まれ、緑と花々のガーデンは華を添えていた。
この屋敷を見物に来るだけなら良いのに。これから肩身の狭い時間を過ごすなんて、…明らかに拷問だ。
呆気に取られる私をよそに先に車外へ出た社長が、「どうぞ」と言ってくる。
「……恐れ入ります」
ショールを羽織った私は、差し向けられている腕へおずおずと手を掛けた。
クスッと笑われるのは心証悪いが、これも仕事のうちと自分を宥めるしかない。
とはいえハイヒールで歩き慣れない私に合わせて、緩やかな速度で歩く社長。
やはりエスコートに慣れていると感じつつ、つかず離れずの距離を保っていた。