みだりな逢瀬-お仕事の刹那-
親しい友人もしくは会社関係者のみでドレスコードの緩い今日のパーティー。
こちらへ近づいて来る人物は、首元のアスコットタイが幾分カジュアルな印象を与えていた。
さすがのお洒落センスというのか、自分に似合う物を分かっているというべきか。
その人物は私の向かいで立ち止まった。姿勢を正した私に向ける瞳の奥は、切れ筋抜群の鋭利さを秘めている。
「こんばんは」
「里村社長、大変お世話になって」
そう、彼は先日お会いした里村社長だ。顔を引き締めて常套句を口にすると、スッと手で制された。
「煩わしいのは苦手なんでね」
「……恐れ入ります」
それにしたって、相手は取引先のトップ。やり難いこと極まりないが、ここは笑顔を浮かべるのが正しい。
「こんなところに1人でいると、目立って仕方ないよ?」
「とんでもございません、壁と同化しておりましたから。
この格好ですのにお声をかけて頂き、吃驚いたしました」
リップサービスには正直言って、イラッとしていた。こんな格好に仕立てたのは、嘘っぱちオトコのせいなのに。
「ハハ!いいね、その強気な態度!
メガネをしていないのもまた、非常に惹きつけられるよ」
「とんでもないことでございます。あくまで偽りの姿ですので」
お世辞と分かっているのに否定すれば、フッと自嘲した笑いが漏れてしまう。
煌びやかな世界での孤独感……私のために用意されたドレスであって、本当はそうじゃない事実。
この姿と秘書――どちらの姿にも、“本当の私”は存在していないのだから滑稽なものだ。