みだりな逢瀬-お仕事の刹那-
とはいえ、とうに動き始めているこの話。優秀者が連なる社内チームに不利を及ぼせない。
Chain社の一員であることは、紛いなりにも責任が生ずるのは事実。
ここで表情を崩したら漬け込まれる、と里村氏をにこやかに見据え続けた。
「だったら金曜日の夜、食事に誘っても良いよね?
もちろん友達としてで構わないから。そのつもりで今回、こちらも誘っているからね。
ちなみに秘書のことなら心配は無用だよ?友人関係に口を出すような関係じゃないし。
さて、これで断る理由はなくなったと思うんだけど」
すると、良い方向に転んだのか否か。彼は言い終えるまで、私に口を挟む隙を作らせず。その饒舌さは、もはや毒気をも抜かせる勢いだった。
「それに友人なら、間宮さんも会社や社長許可を取り付ける必要もないしね」
「は、はあ、それではお言葉に甘えて、」
最大の逃げ道を奪われて、もう頷かないわけにはいかない。
「うん、どんどん甘えてよ」
気の抜けた返事にも嬉しそうに、人なつこい顔で笑う里村社長。
この人は、やっぱり経営者の素質たっぷり。人の弱みや懸念材料をものの見事に見抜いている。――彼は社長とは別人種の”困ったさん”だと感心した。
「彼女は甘え下手ですよ。分かってます?」
「……それはオマエの引き出し方が悪いだけだ」
「そうですか?」
愛想笑いに終始する中、突如として割り入ってきたひとつの声。
「今度のコンペ、覚えとけ」
「うーん、それは困ります」
里村氏と軽快に交わす我がボスは、いつものようにやりとりを楽しんでいる。
メンドウな人たちだと内心で呆れたその時、不意に里村氏と目が合った。
「朱祢ちゃん」
そう呼ばれた刹那。隣から引き寄せられて、両頬に落とされたキスに目を開く。
「またね」
「…はい、それでは」
素早い芸当に苦笑しつつ、私が軽く一礼すると笑った里村氏。立ち去る直前に彼はチラリ、と隣に佇む社長を一瞥した。