みだりな逢瀬-お仕事の刹那-


とはいえ、とうに動き始めているこの話。優秀者が連なる社内チームに不利を及ぼせない。


Chain社の一員であることは、紛いなりにも責任が生ずるのは事実。


ここで表情を崩したら漬け込まれる、と里村氏をにこやかに見据え続けた。


「だったら金曜日の夜、食事に誘っても良いよね?
もちろん友達としてで構わないから。そのつもりで今回、こちらも誘っているからね。
ちなみに秘書のことなら心配は無用だよ?友人関係に口を出すような関係じゃないし。
さて、これで断る理由はなくなったと思うんだけど」

すると、良い方向に転んだのか否か。彼は言い終えるまで、私に口を挟む隙を作らせず。その饒舌さは、もはや毒気をも抜かせる勢いだった。


「それに友人なら、間宮さんも会社や社長許可を取り付ける必要もないしね」

「は、はあ、それではお言葉に甘えて、」

最大の逃げ道を奪われて、もう頷かないわけにはいかない。

「うん、どんどん甘えてよ」

気の抜けた返事にも嬉しそうに、人なつこい顔で笑う里村社長。


この人は、やっぱり経営者の素質たっぷり。人の弱みや懸念材料をものの見事に見抜いている。――彼は社長とは別人種の”困ったさん”だと感心した。


「彼女は甘え下手ですよ。分かってます?」

「……それはオマエの引き出し方が悪いだけだ」

「そうですか?」

愛想笑いに終始する中、突如として割り入ってきたひとつの声。

「今度のコンペ、覚えとけ」

「うーん、それは困ります」

里村氏と軽快に交わす我がボスは、いつものようにやりとりを楽しんでいる。


メンドウな人たちだと内心で呆れたその時、不意に里村氏と目が合った。


「朱祢ちゃん」

そう呼ばれた刹那。隣から引き寄せられて、両頬に落とされたキスに目を開く。


「またね」

「…はい、それでは」

素早い芸当に苦笑しつつ、私が軽く一礼すると笑った里村氏。立ち去る直前に彼はチラリ、と隣に佇む社長を一瞥した。


< 89 / 255 >

この作品をシェア

pagetop