みだりな逢瀬-お仕事の刹那-
ショックを受けた自分を認めたくないから。いや、そんなこと考えたくもない。
「朱祢、踊ろうか」
「いえ、」
会場内を包み始めた音楽の調べに、腰元から背へとその手を移した社長。
私はそっと押されるようにして前に進み、男女が優雅に踊る輪の中へと導かれて行く。
履き慣れていない高級ブランドのハイヒール。ましてダンスなど、醜態を晒しそうで不安が襲う。
「僭越ながら、」
「――まだ分かんない?朱祢は誘われたら断れないってこと」
「っ、」
私の心を簡単にえぐるようなその言葉に、抵抗の気力は易く失せてしまった。
「身体だけ預けてくれれば良いから」
そう言って熱を帯びた視線をこの姿に向けられると、感情だけはさらに冷えていく。
半ば諦めの境地でその手を取った私は、俯き加減で彼のリードにただ身を委ねた。
このオトコが求めているのは“私”じゃない。――薄墨色の眼差しは今、この姿を介してかの女性を見ているから。
だけど同時に、これで着せかえ人形としての役目は存分に果たせているとも思えた。
周囲の女性から冷たい視線を浴びても気にしない。このオトコと交わす時間に比べればどれも生温いものだ。
社長の香りに混ざって鼻をつく甘い香りさえ、キスの時のものだろうと冷静に判断していた。
そんな甘ったるい香りが鼻腔を掠めていく度、自分の立場こそ最も惨めなのだと教えられながら……。