短編集~The Lovers WITHOUT Love Words~

彼女はしばらく顔を歪め、祈るように胸に手を当てていたが、やがて静かに目を開いた。

「・・・えぇ、大丈夫」

「外の空気がお体に触ったのでしょう。もうお戻りください」

しゃかきが促し、彼女はうなずく。
しゃかきが、彼女の座る椅子の背に手をかけると椅子はするりと動いた。
彼女は車椅子に乗っていた。

バルコニーから室内へ入ろうとしたとき、彼女が振り向いてスミレを再び見つめる。
愛する者を、脳裏に深く刻み込むようにじっと見つめた。

「榊」
そうしながら、彼女が口を開いた。

「なんでしょう、奥様」


「スミレを・・・頼みますね」

「・・・かしこまりました」
彼女が言外に込めた意味を理解して、榊は静かな決意を胸に抱く。

車イスは彼女を乗せてレースのカーテンの向こう側に消えた。


それが、スミレの見た母親の、最後の姿だった。


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