911の恋迷路

 
 「僕は、沼田陵の弟です」

 「花井さんは弟ではないと言っていたが」

 「ややこしい事情があるんで」

 慎は社長の目を見て言った。

 

 「僕には陵と稔、2人の兄がいます。異母兄弟ですが……」


 (稔は認めなくても、事実なのだから)

 
 慎は母親の違う陵と稔という2人の兄がいる。2人の父親は慎の母親と再婚した。

 慎の母親の存在が明らかになるとともに、慎も、陵と稔、その母親の知るところとなった。

 

 「稔さんと君は、仲が悪いわけだな」

 
 「そうです。今も、あちらの家には出入り禁止ですから、僕は」


 「ふむ……しかし、なぜ陵さんの携帯電話を君が持っていたのかい?」


 

 「話せば長くなるので、これを見ていただきたいのですが」

 慎が通勤バックから取り出したのは、陵の携帯電話だ。


 「兄、陵の携帯電話です」


 黒い細長い携帯電話。小さな画面が上半分についていて、下半分は数字などボタンがついている。

 絵文字やデコメールなど、今のようにたくさん種類のない時代の携帯電話だ。


 慎は携帯電話の受信フォルダから、ある一通のメールを選び出した。


 「このメールは、僕の兄、陵が911同時多発テロから1週間後、アメリカから帰国したときにくれたメールです」


 

 「読んでいいのか」

 社長の問いに慎がうなずく。

 「兄の携帯ですけど、僕あてのメールですから」
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