911の恋迷路
読んでしまってから、社長はデスクに静かに携帯を置く。
「これは花井さんに見せるべきだよ……それに、君のもうひとりの稔さん、お 兄さんにも」
「ええ。それに僕は謝らないといけません」
(稔と会って話をするために、時間がほしかったんだ)
慎はかゆいところを掻くしぐさをして、目の中にあふれてくる熱いものを留めた。
今となっては後手になっているが、果歩に話をして、稔に携帯を返そうと思う。
「もうひとつ、訊きたいんだが」
社長が花井との会話を記録したメモを見る。
「花井さんの話では、陵さんは生きているということだが、本当なのかね?」
「ええ、生きています」
「ならば、陵さんの携帯なんだから本人に返すべきじゃないだろうか」
社長の言葉はもっともだ。しかし、今の陵には、10年前の携帯は、ただの物でしかない。