911の恋迷路

 
 読んでしまってから、社長はデスクに静かに携帯を置く。

 

 「これは花井さんに見せるべきだよ……それに、君のもうひとりの稔さん、お  兄さんにも」

 「ええ。それに僕は謝らないといけません」

 

 (稔と会って話をするために、時間がほしかったんだ)

 
 慎はかゆいところを掻くしぐさをして、目の中にあふれてくる熱いものを留めた。


 今となっては後手になっているが、果歩に話をして、稔に携帯を返そうと思う。

 
 「もうひとつ、訊きたいんだが」

 社長が花井との会話を記録したメモを見る。


 「花井さんの話では、陵さんは生きているということだが、本当なのかね?」

 「ええ、生きています」

 

 「ならば、陵さんの携帯なんだから本人に返すべきじゃないだろうか」


 社長の言葉はもっともだ。しかし、今の陵には、10年前の携帯は、ただの物でしかない。


< 108 / 232 >

この作品をシェア

pagetop