911の恋迷路

 (俺が果歩さんと共に陵に会う)

 今まで、稔と仲が悪いことを理由に、陵から逃げていたのかもしれない。


 いや、逃げてきたんだ…。

 今の陵の状態を人づてには聞いたけれども、実際には知らない。

 
 陵の姿を自らの目で見ることは慎にはとても怖かった。

 (ひとりでは、俺は陵に会えなかっただろう)



 「花井さんには僕から今夜、連絡して説明します」

 「おう」

 給湯室に向かう前に、社長に慎は頭を下げた。


 「……できるなら、僕も花井さんと一緒に兄の所に行かせていただくかもし   れません…ご迷惑かけます」


 果歩と一緒ならば、自分も心強い気がする。

 それで陵のケイタイを黙って持ち続けたことが、許されるわけではないけれど。


 社長は果歩との話のメモを慎に渡して、言った。

 「便利屋として、今度は相談料金をいただくよ」


 社長のバーコード頭が秋の日差しに照らされて輝いている。


 それは社長の今までの人生においての苦労を表しているようだ。

 今日の慎には、それがいつもより増して、とても眩しかった。
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