911の恋迷路

 「本カレはダメ?」

 浜崎が慎のスーツの端をツンツン引っ張る。

 「コラ、スーツがのびる」

 「戻る前にきかせてよ」

 「急だからな……」

 「嘘」

 

 (これって、浜崎にコクられてる?)

 浜崎の気持ちには気づいていた。はっきり言うしかない。

 
 「……今はさ、好きなひと、いないんだ」

 「……あたしは対象外」

 「そだな……俺、今は片づけなければいけない事あるんだ」


 「片づけないといけない事?」

 
 オフィスのドアの前で立ち止まり、慎は浜崎のためにドアを開ける。

 ふたりの姿に絡みつくような視線。

 沢森だ。


 
「その事を片づけたら、ちゃんと話そう」

 慎はデスクのノートブックを開く。

 
 同僚たちは慎よりも先にそれぞれのデスクに向かっていた。

 浜崎は、デスクにあった資料を音をたててそろえる。

 そして慎に仕事の用件に答えるみたいに答えた。

 「もう分かったから…いいです」


 そんな浜崎を沢森が糸ようじで歯のそうじをしつつ、黙ってながめていた。
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