911の恋迷路
慎は陵への果歩のメールを全部知っている。
慎が陵の携帯電話を預かったときは小学生。
(ほんのイタズラ心でケイタイを稔さんに渡さなかったのかな)
助手席から振り返ると、
腕を組んだまま慎は窓から変わりゆく風景を見ていた。
「慎さんが生まれた家は、どこにあんの」
ナビに頼って土浦に向かいながら、健がたずねる。
「都内です」
「土浦のほうには行ったことないの?」
「幼い時に1度だけ……」
慎の表情がゆがむ。
「兄は…陵は、都内に住むようになって
都内の僕の家までよく訪ねてくれたので」
そこまで言って、慎は陵のケイタイを革ジャンから取り出す。
「……すっかり土浦の家に行きにくくなって、コレ、返しそびれちゃいました」
それだけじゃない、慎にはもうひとつの家族への変な意地を感じる。
陵という優しい兄の残したケイタイを持つことで、
ひそかに稔やその母親に復讐していたのではないか。