911の恋迷路

 果歩はまた、哀しくてたまらなかった。

 陵の彼女なのに自分あてのメールはなかった。


 携帯メールのアドレスを覚えている人なんていない。

 だから、携帯が陵の手元にないと送信できない。

 ならば、メールでなく、消える前に会いに来てほしかった。

 

 (あたしは会って言ってほしかった)

 

 『すんません』と特徴のある、陵の謝り方。

 

 もう一度、

 その仕草を目に焼き付けたいだけなのかもしれない。


 (あたしだって、告げられなかった恋人の意地にしがみついている)


 果歩も慎も、陵に会わないと終わらない迷いや不安、執着を持っている。

 (陵くんは、あたしたちの事、忘れちゃったのに)


 痴呆(ちほう)症だった祖父を思い出す。

 

 果歩は今日何度めかのため息をついた。
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