911の恋迷路

 (あたしが覚えてるね)

 純粋にそう思った。だから宣言した。

 「あたしが覚えています、だから大丈夫です」


 動き出した果歩を取り巻く状況が、これからどうなっていくのか、
 果歩には全く分からない。

 
 でも、今はちょっぴり、果歩はスッキリしていた。

 本当は言いたかった。


 (曲じゃなくて陵くんが、とても……とても好きでした)


  
 その言葉を飲み込んで、健の後について玄関を出る。

 稔と陵が並んで見送ってくれた。


 

 玄関のドアが閉まったあと、慎の口から大きな息がもれた。
 ずいぶん緊張していたのだろう、

 門柱にもたれかかる。


 「すんません、僕、電車で帰ります」

 「え? 自宅、都内だったら送るよ」

 「ここから土浦駅まで行って、常磐線で帰りますから、大丈夫です」

 健の勧めに慎は応じない。
 
 遠慮しているのでなく、独りになりたいのかもしれない。

 
 
 果歩は陵の車に乗った。

 「また……連絡していい?」

 「…ハイ」

 慎は素直に返事をしてくれる。


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