911の恋迷路
気付くと立ち上がって、男性を呼び止めてしまっていた。
「あの、これでも読んで、元気出して下さい」
なぜだろう。
手渡したのは羽津が貸してくれた時代物の小説文庫本。
「いや、いいです」
(あたし、かなり怪しいよね? 怪しい事してるけど)
「いいから、もらって下さい」
文庫本を男性の胸に押し付ける。
押し付けたと思う間もなく、
防御の体勢で男が身体をかがめ腕を構える。
(ボクシング?)
文庫本はパタンと開いてページが折れたまま地面に落ちる。
その音で、
慌てて本を拾い上げた。
「ただ、あげるって渡そうとしただけなのに」
拾い上げながら呟く亜美。
「ごめん……つい」
謝る男性の骨ばったごつい手に、文庫本を渡す。
困ったように受け取る男に、
「ボクサーなの?」
訊いてみる。