911の恋迷路

気付くと立ち上がって、男性を呼び止めてしまっていた。

 「あの、これでも読んで、元気出して下さい」

 

なぜだろう。

 手渡したのは羽津が貸してくれた時代物の小説文庫本。

 「いや、いいです」

 (あたし、かなり怪しいよね? 怪しい事してるけど)

 「いいから、もらって下さい」

 文庫本を男性の胸に押し付ける。



押し付けたと思う間もなく、

防御の体勢で男が身体をかがめ腕を構える。

 (ボクシング?)

 文庫本はパタンと開いてページが折れたまま地面に落ちる。

 その音で、
慌てて本を拾い上げた。

 「ただ、あげるって渡そうとしただけなのに」

 拾い上げながら呟く亜美。

 

「ごめん……つい」

 謝る男性の骨ばったごつい手に、文庫本を渡す。

困ったように受け取る男に、

 

「ボクサーなの?」

訊いてみる。







< 224 / 232 >

この作品をシェア

pagetop