911の恋迷路

 「果歩さんにもらったCD、兄が部屋で聞いてました」

 ふいに語られた陵の隠された姿。

 「何度も何度も聞いて、言うんですよ。
 『これ、本当に俺が聴いていたの?』て」

 正確には果歩が、だ。

 でもそれを言ったところで、
 過ぎ去った日々の記憶が一気に蘇るわけでもないだろう。

 「文句を言いながらも、何度も聴いてるんです」

 その陵の姿が、なんか嬉しかった、
 と稔は目頭を押さえた。

 慎は相変わらず聞いているのかいないのか、コーヒーを飲むばかり。

 

 そうして慎は、時計を気にしている。

 「そろそろ帰ります」

 果歩の言葉に、

 跳ねるようにソファから慎が立ち上がった。
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