911の恋迷路

 
 「タクシー代はモチロン、花井さん」


 お願いします、と果歩は視線で慎にお願いされる。


 (陵くんと同じ眼で訴えないでください……)

 

 うらめしく思いつつもヤケになる果歩。

 (分かってますよ、あたしが出しますよ!!!)

 

 やはり陵くんとは違う人間だ!
 
 全くもって中身は違う!

 

 いじわる。


 タクシーはちっとも前に進まないし。


 (動かない……)

 果歩のお尻が痛くなってくる。座席が硬くて腰がつらい。

 (本当に)

 (混んでるなあ)

 

 夕方の道玄坂は、やっぱりとても混んでいる。

 果歩と慎は並んでタクシーの後部座席に座るのみ。


 「せっかくですから、ゆっくりしましょう」

 スマホを操作しながら、慎がポツリと話しだす。


 「あ、これ」

 果歩は握りしめていた陵の携帯を差し出した。


 「じつは興味あるんじゃないですか?」

 また慎が意地悪な顔をする。

 (やなやつ)

 でも、懐かしい感覚がまた沸き上がってくる。
< 28 / 232 >

この作品をシェア

pagetop