911の恋迷路

 社長は無造作にピンクのカップを取ってコーヒーを淹れた。

 
 

 「それ、浜崎のカップですよ」

 
 ウサギのイラスト入りのマグカップ。

 浜崎というアルバイトの女性スタッフのマイカップだ。

 

 「ま、今はいないから、いいでしょう」

 社長は慎のデスクにマグカップを置いて、自分の席に戻った。


 (浜崎が知ったら怒るだろうな)

 

 慎は引き出しからメロンパンを取出しながら苦笑する。


 「これからまだ仕事?」

 社長はまたクルリと椅子を180度回して外の景色を眺めている。

 「面会が一件あるんで」

 メロンパンをかじり、コーヒーを飲む。

 

 デスクのノートブックが起動するのを待つ間、慎は勢いよくパンを噛った。

 横目で社長の様子を伺う。

 


 見事なバーコードの頭だ。
 
 ここ数年で、より薄くなった気がする。

 そのうち、波平さん(サザエさんの父)みたいになるだろう。
< 36 / 232 >

この作品をシェア

pagetop