911の恋迷路
社長は無造作にピンクのカップを取ってコーヒーを淹れた。
「それ、浜崎のカップですよ」
ウサギのイラスト入りのマグカップ。
浜崎というアルバイトの女性スタッフのマイカップだ。
「ま、今はいないから、いいでしょう」
社長は慎のデスクにマグカップを置いて、自分の席に戻った。
(浜崎が知ったら怒るだろうな)
慎は引き出しからメロンパンを取出しながら苦笑する。
「これからまだ仕事?」
社長はまたクルリと椅子を180度回して外の景色を眺めている。
「面会が一件あるんで」
メロンパンをかじり、コーヒーを飲む。
デスクのノートブックが起動するのを待つ間、慎は勢いよくパンを噛った。
横目で社長の様子を伺う。
見事なバーコードの頭だ。
ここ数年で、より薄くなった気がする。
そのうち、波平さん(サザエさんの父)みたいになるだろう。