911の恋迷路

 「社長、わたし……」


 社長は沼田と亜美を交互に見て、亜美に顔を向ける。

 「辞めるかどうかは、外の仕事をしてみてから決めても、いいんじゃないか」

 意味ありげに沼田と亜美を見て、社長は笑った。



 沼田は顎(あご)を撫でながら社長にたずねる。

 「僕ひとりじゃないと出来ない仕事もあるんですが」


 
 「どの仕事に浜崎さんと行くかは、沼田の判断に任せるよ」

 沼田は首をかしげて、社長の指示を聞いている。

 「浜崎さんを連れて行ける案件であれば、同行してもらって」

 「分かりました」

 

 亜美は沼田の表情をうかがう。その表情からは何も読み取れない。

 (あたしが辞めたいこと、知って沼田さん、どう思ったかな)


 気になる……。

 (沼田さんが、あたしのこと、どう思っているのか)

 社長の指示を聞いて、早速沼田はノートブックを開けて作業をしている。



 沢森は社長からしばらく電話当番をするように指示を受けていた。

 「丁寧にな。初めての印象が大事だからな」

 「オレが外に出る時は?」

 沢森がブーイングする。

 「私か他の誰かに頼め」

 ハイよ、と沢森もデスクに向かう。


 
 沼田が何件か案件をプリントアウトして、亜美に渡した。

 「午前中、僕は予定があるから、その間、目を通しといて」
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