911の恋迷路
「以上でよろしいですね?」
いそいそと確認を済ませて、店員が部屋を出る。
隼人と果歩は、沈黙の中に残された。
「ごめん」
「なんで謝るんだよ?」
隼人の苛立った声と軋(キシ)む合皮のソファー。
「今……歌えないよ」
(陵くんを想い歌ってしまったらきっと泣いてしまう)
そんな果歩の心のうめきを隼人の肩と腕が庇うように抱いた。
「ずっと言いたかったことで、果歩は気づいてるだろ」
隼人は自分のリンネルのシャツで果歩の頭を包み込む。果歩の胸に隼人の硬い胸板が当たる。息が出来ない位、きつく抱きしめられた。
「俺は果歩と付き合いたい。それくらい好きだ」
(知ってるよ)
果歩は心の奥で、知っているが故に、ずっとうめき続けてきた。
(隼人が何を望んでいるか、分かってた)
あたしは、狡猾でズルいんだ。
隼人がそれを言わないで居てくれたなら。
ずっと、隼人にこうして甘えられるって。
(そうやって逃げてきた)
隼人の想いにプレッシャーをかけていた。
友達か恋人か、
選ばさないで、と。