瑠璃の羊
ただ、わたしはキッカのそういう趣味が好きだった。
音楽にはひとそれぞれの好みがある。
緑は田舎を思い出すし、花が咲くと気分が明るくなる。
ああ、こうやって考えてみるとわかることがある。
わたしはなんだかんだで彼が好きなのだ、人間として。
厨房に目をやると、彼は排気ダクトの前に立って腕を動かしていた。
今朝のメニューには卵焼きがあるらしい。
甘い匂いがここまで流れてきた。
人間として好き。
名前に恋焦がれるのとはえらく違う。
そう思いながら、わたしは雑誌の記事に目を落した。
自分は創れなくても、見ることができる世界がそこには広がっていた。
どれぐらいそうしていたのだろうか。
その雑誌を読み終わっても、朝食は出てこなかった。
食欲がないから豪勢なものはいらないのに。そう思って顔を上げる。
同時に厨房以外からの物音。
「あ」という音が思わずもれた。
食堂の入口に、ナギ・ユズリハが立っていた。
「おはよう、ナギ」
間髪いれずにキッカの声が聞こえてきた。
そちらに目を向ければ、しっかり朝食を乗せたトレーを持っている。
しかも、三人分。