千寿桜―宗久シリーズ2―
千寿が受け取るだろうとは思ってはいない。


ただ、今の俺が出来る事はこれだけだ。









千寿の沈黙、俺の沈黙。








重なる無言の時は、天から降る水の恵みに溶け込み、瞬く間に俺の着物に染み入り、縛り付ける様に身体に張り付いてくる。








それも、良い。




それでも良い。







愛されたいとは、今は思わぬ。


千寿も、愛そうとは思っていないだろう。







千寿が俺を愛す、愛さない……それは、今はどちらでも良い事だ。



今は、どちらでも良い。




だからこうして、雨に濡れている。







そうしてこれからも、何度もこれを繰り返していくのだとしても、俺は俺に逆らわず、出来る事をしていくだけだ。








やはり傘に手を伸ばす気配の無い千寿に背を向けた。



土のぬかるみを踏み締め、屋敷の方へと足を運ぶ。






数歩進んだ俺の後方から、小石が弾ける音が重なり、耳に届いた。







…………千寿。








思わず振り返る俺を見つめている千寿……。




ゆったりと……立ち上がる……。




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