千寿桜―宗久シリーズ2―
「ああ、良い天気ですねぇ」
鞍を磨きながらの源三郎の呟きに、思わず笑いが漏れた。
「爺臭いぞ、源三郎」
「失礼ですね。爺と言われる時には、私はまだまだ男としての色香が残っておりますよ」
切れ長の漆黒の瞳を細め、不本意だと言わんばかりに源三郎は唇を尖らせる。
「何が色香だ。独り身のくせに」
「私等よりも、御自分の心配をなさいませよ…姫とはその後どうですか?」
二人しかおらぬのに、なぜか声を潜める源三郎。
その意図は、明らかに好奇心だろう。
「どうって……どうでもよかろう」
ぷいと顔を背け、鞍を磨く手に力を込めた。
それを聞かれると、正直言葉に詰まる。
千寿は変わり無い。
廊下で擦れ違えば、頭を深々と下げる。
だが、言葉を交わす事は無い。
雨の中、佇む千寿の姿が瞼に浮かぶ。
崩された小石の城。
水分を含み、細い肩にのしかかる朱色の着物。
張り付いた黒髪。
その先から雫が頬を伝い、顎先から地面へと落ちていく。
まるで、涙の様に……。
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鞍を磨きながらの源三郎の呟きに、思わず笑いが漏れた。
「爺臭いぞ、源三郎」
「失礼ですね。爺と言われる時には、私はまだまだ男としての色香が残っておりますよ」
切れ長の漆黒の瞳を細め、不本意だと言わんばかりに源三郎は唇を尖らせる。
「何が色香だ。独り身のくせに」
「私等よりも、御自分の心配をなさいませよ…姫とはその後どうですか?」
二人しかおらぬのに、なぜか声を潜める源三郎。
その意図は、明らかに好奇心だろう。
「どうって……どうでもよかろう」
ぷいと顔を背け、鞍を磨く手に力を込めた。
それを聞かれると、正直言葉に詰まる。
千寿は変わり無い。
廊下で擦れ違えば、頭を深々と下げる。
だが、言葉を交わす事は無い。
雨の中、佇む千寿の姿が瞼に浮かぶ。
崩された小石の城。
水分を含み、細い肩にのしかかる朱色の着物。
張り付いた黒髪。
その先から雫が頬を伝い、顎先から地面へと落ちていく。
まるで、涙の様に……。
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