千寿桜―宗久シリーズ2―
恐らく………あの出来事からだろうか。










俺が十歳の頃、源三郎と剣術の鍛練をしていた時の事。




父上がぽつりと言ったのだ。






「保明は、信成よりも素質が長けているかもしれんな。頭も良い」





そう言い、誇らしげに笑いながら俺の頭を撫でた父上。








視線を感じた。










道場の扉の影から中を伺う、兄上の姿があった。




聞いていたのだ。





父上の言葉を。








思い出す………兄上の……狼狽と、困惑の入り混じった憎悪に支配されていく表情を………。











「兄上!」





駆け寄った俺の肩を突き飛ばし、走り去った兄上の背中……。






あれ以来、兄上が俺の目を見る事も、笑う事も無くなってしまった。







憎い………のだろう。










俺は、兄上に逆らうつもりは無い。



だが、兄上はそう思ってくれてはいないのだろう。






力を合わせて……それは今や夢物語でしかないのだ。




兄上の俺を見る目が、それを思い知らせてくる。






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