千寿桜―宗久シリーズ2―
意識して止めた訳では無かった。



何と言うのだろうか……。


例えるならば、見えない壁に押し戻された…と言えるだろう。





源三郎を取り巻く空気が、いつもと違う事を感覚的に肌で感じ取ったのだ。









下ろした髪に縁取られたその横顔は凛々しかったが、それはいつも、俺の隣で笑う源三郎とは明らかに違っていた。




険しく、厳しく、まるでここに居る己を悔いるかの様な表情……。



漆黒に近い色の瞳は、透き通る青空の彼方を見つめていた。







やがて源三郎は瞳を伏せ、静かに、刀の抜き身を天へとかざしたのだ。










「我が犯す罪は、いずれ地獄にて償わん………」










源三郎はあの時、何を思っていたのだろう。


出陣前、何に語りかけていたのだろう。








わからない。


聞こうとも思えなかった。






踏み込んではいけない領域……そう、感じていたからだ。








天に向かい、刀をかざす源三郎。



その物憂げで、何かを悔いる様な横顔は、今も忘れられずに俺の記憶に刻まれている。







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