千寿桜―宗久シリーズ2―
「しっかりせんか!踏み込みが甘いと逆に懐に入られてしまうぞ!」





竹刀を振りかざし向かう弟子を、源三郎は軽々と片腕で交わしている。




竹がしなり衝突する音が、空間を裂く様に響いている。








「っ参りました!」




やがて、相手を打ち負かした源三郎は、額に浮き出る汗を腕で拭う。






疲労から歩調がままならない相手とは対称的に、源三郎は呼吸さえ乱れてはいない。




さすがだなと思えてしまう。








「戦では、踏み込みの速さが生死の分かれ目になる。生きて戻りたいのであれば、更に精進しなければな」








俺はこの“生きて戻れ”という言葉が好きであった。






多くの武士が、死しても手柄をと叫ぶ中で、源三郎だけは生きて戻れと唱える。



臆病者の戯れ事だと影で嘲笑し、酒の肴にする者もいるが、それは嫉みであると感じる。


己の力量不足を認められず、大言壮語しか吐けぬ者達の嫉みだ。






事実、源三郎は何度も手柄を立て、尚且つ生きて戻っている。



だからこそ面と向かい言えず、影で悪態をつく事しかできぬのであろう。

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