千寿桜―宗久シリーズ2―
鼓膜を優しく振動させる、伸びの良い、子守唄の様な声。






聞き覚えがあった。



僕は、静かに振り向く。






「来て下さると信じておりました」








彼女だ。








白い肌、椿色の唇、艶を帯びた長い黒髪。





朱色の着物に身を包んだ彼女。


その黒曜石色の瞳が、笑みでほんのりと潤いを増す。








「あなたは……一体誰なのですか?」







問いに、彼女は長い睫毛に影を落とす。






「思い出せませんか?わたくしを」



…思い出す?



「わたくしは既に、あなたの近くにおりますのに」



近くに……居る?









今現在……夢の中での話ではなさそうだが。









「あなたは、桜の精霊ですか?」

「いいえ」

「では、この地の土地神ですか」

「いいえ」




彼女は、細い首を横に振る。







「僕の近くに居るとは、どんな意味ですか」

「意味、ですか」






質問攻めの僕を見つめたまま、彼女は瞳を細めた。




微かに、笑う。
< 49 / 167 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop