千寿桜―宗久シリーズ2―
馬場の裏には、古くて大きな桜の木がある。


この屋敷が建つ前からあるらしい。





あまりの大きさに感動した前領主であった亡き祖父が、そのまま残したと言う話だ。







「本当に、保明様は桜がお好きですね」



源三郎は笑う。









桜は美しく、雄大だ。


そして、その花の盛りは短く、儚い。






儚いから美しいのか、美しいからこそ儚いのか。


それはわからない。





だが、その散り際は潔く、そこに未練は感じない。




そんな桜に魅せられているのは事実。









トキを馬場に入れ、水だけを源三郎に頼み、俺は裏へと回る。





馬場の屋根を包む桜の枝は、しなる程に花をその身にまとっていた。





草履の裏、落ちた花びらが吸い付く感触を踏み締めながら歩を進める。




視界を、徐々に桜が覆う。






その全貌を瞳が掴む前に、俺は足を止めた。










桜の下に、誰かが立っている。






大きくは無い、小柄な後ろ姿が、古い桜の木を見上げている。







朱色の着物、長い髪……女だ。






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