千寿桜―宗久シリーズ2―
「誰だ」






声掛けに、小さな肩が微かにびくりと上下した。



俺の気配に気づかなかったのだろう。





その後ろ姿が、ゆったりと振り向き、向き合う。










………見た事の無い女だった。




歳は、同じくらいだろうか。











瑠璃をはめ込んだ様な深い色の瞳、芳醇な桃の実を連想させる程の唇。


白い肌は、頬だけがほんのりと、舞い落ちる桜の花びらの色味を帯びていた。










…………天女?











呼吸を、忘れそうな感覚が襲う。






桜の美しささえ、かすむ程の……。











間抜けにも、呆然と立ち尽くす事しかできない俺に、女は美貌に穏やかな笑みを乗せる。








「桜が、あまりにも綺麗でしたもので……」









晴天の空に吸い込まれそうな、よく通る声。








時が、止まった。














この、目の前に立つ美しい女が、森山家から来た姫だと俺が知ったのは、半時後であった。






名は、千寿姫と。







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