だるま

教えてしまった。

メールアドレスを、教えてしまった。

電話番号だって教えた。

だって雲の間から差し込む月明かりに照らされた彼は、とてつもなく整った顔をしていたから。

泥にまみれた靴もよくよく見ればエルメス。さらにスーツはオーダーメイド。覗く下着はGUNZE。


女として、今年25になった女として、このチャンスを逃してはならない。

本能がそう叫んだ。


自分を轢き逃げした女を満身創痍の体で追いかけて、田んぼの真ん中で思いのたけを土下座で告白するなんて、普通は納得できない。

実は僕、極度のドMなんですっていう落ちをつけたとしても、はいそうですかって納得できない。

でもいい。それも飲み込む。

だって私29だもの。

さっき25てサバ読んじゃうくらい崖っぷちの29だもの。

なりふり構っていられない。来るものを拒んでいたら、老後は孤独死してしまう。


< 8 / 9 >

この作品をシェア

pagetop