森林浴―或る弟の手記―
私はその声に驚き、ノブに掛けていた手を思わず引っ込めました。
確かに父には厳格な部分はあります。
ですが、こんなふうに声を荒げるところなど、一度も見たことはありませんでしたから。
そんな父が、扉の向こうで、父とは思えぬ声を出しているのです。
「恥知らずが」
それが最初に聞こえてきた言葉です。
その意味は当時の私には、何となくしか分かりませんでした。
続いて、「やはりお前は売女」だと聞こえてきたのです。
こんな汚い言葉など知りもしませんでしたが、それが相手を貶す意味だということだけは、父の声の調子で分かりました。
ですが、それが佐保里姉さんに向けられた言葉だと気付くまでには少しの時間が要りました。
誰だってまさか、自分の娘にそんな罵詈雑言を浴びせる父親がいるとは思いませんから。
「誰のお陰でお前みたいな女が生活出来ていると思っているのだ」
父は続けざまに叫びました。
そのあとに、佐保里姉さんの声がしたのです。
そこで初めて、父が話している相手が佐保里姉さんだと知ったのです。
それは驚愕に値しました。
「誰も育ててくれとは申しておりません」
佐保里姉さんは凛とした声で父に返したのです。