森林浴―或る弟の手記―
私は驚きました。
そして、額にはうっすらと脂汗が浮いたのです。
父に歯向かうなど、あってはならないことです。
父親というのは、一家の大黒柱であり、絶対的な存在です。
少なくとも、私はそう教わってきました。
今となってみれば、家の財産を当てにし、ろくに仕事もしない父親がよく偉そうな顔を出来たものだと思いもします。
ですが、その時は違いました。
佐保里姉さんの言葉に、私ははらはらしました。
すると、ばちん、という音がして、そのあとにがたり、という物音がしました。
恐らく、父が佐保里姉さんを殴ったのでしょう。
中にいるであろう、母や香保里姉さんがそれを止める声はしませんでした。
「医者の手配は済んでいる。直ぐに行け」
父はそう叫びました。
そして、扉がいきおいよく開いたのです。
父は立ち竦む私を見て、ぎょっとした顔をしましたが、直ぐにいつもの表情に戻りました。
そして、学校はどうした、とだけ低い声で言ったのです。
あんな父の声を聞いたあとです。
私は本当のことなど言えず、お腹が痛い、と嘘をつきました。