森林浴―或る弟の手記―




私は聞こえてきた佐保里姉さんの声に慌てて身を隠しました。


声の調子からして一人ではないと思ったからです。


この森にいるのは嘉一さんくらいなものですが、佐保里姉さんと嘉一さんが会話をしているところなど、今までに一度も見たことがありません。


嘉一さんはいつも、佐保里姉さんが姿を現すと顔を伏せてしまうのです。


そして、いつの間にか姿を消している。


それが恋をする青年の姿だと、私は気付いていなかったのです。


「それでも良いと仰って下さる方がいるなら、私はそこへ行く外ありません」


佐保里姉さんが言っていることが、妊娠堕胎のことであるというのは直ぐに分かりました。


佐保里姉さんの嫁ぎ先はそれを知ったうえで、佐保里姉さんを受け入れると言っている。


その事実を私は初めて知りました。


「私も、構いません」


嘉一さんの声はいつもと違いました。


普段の穏やかな声ではなく、男らしい低い声だったのです。


私は途端に聞いてはならないような気分になりました。


ですが、少しでも動けば草の揺れる音で二人に気付かれてしまう。


私はそう思い、息を殺してその場に踞っていました。


「どうして私は庭師の男に好かれるのかしら」


佐保里姉さんは酷く悲しい声で言いました。



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